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                                 メルマガ IDN 【第62号】
                                      Inter Depending Network
                                      2004年11月 1日発行
              
                                                          
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                                      《第62号のご案内》
 

お知らせ (ADF2004 第5報)

   =IDNアドバイザーフォーラム2004を11月6日(土)に開催します


1.ふれあい充電講演会 
   =第43回(11月17日)
「国宝拝観と鎌倉アルプス散策」の案内(第1報)
   =第42回「坐禅体験の会」の報告
  
2.シニアー情報生活アドバイザー講座
  =第30期の再度のご案内
 
3.学生,社会人の進路相談 
  =中本英雄さん:
草創と守成といずれが難き

4.下関支部レポート
  =中原郁生遺稿「平家物語探訪」
10話 「名馬いけずきの伝承」

5.楽しくITライフ 
    

6.IT・PC講座  
 
7.IDN会員募集のご案内 
 = IDNの生立ちと近況  (その4) 事務所について 
 =入会を考えている方に(再掲) 

8.井出昭一さんの新連載 『柳緑花紅』
 =「柳緑花紅」を書き終えて 

9.ふれあい広場
 =第42回「坐禅体験の会」に参加して
    吉澤七重さん・細田利三郎さん・福原民夫さん
 =IDNアウトドアクラブ「たかお会」/メーリングリストへのお誘い(再掲)

10.編集後記 
 =ピレネー、花とロマネスク教会(その9) 舞台は高地の花からロマネスク教会へ
 
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お知らせ

 

■IDNアドバイザーフォーラム2004(ADF2004)のご案内(第4報)

  2003年9月に開催した「IDNアドバイザーフォーラム2003」に引き続いて「IDNアドバイザーフォーラム2004」を今週の土曜日に開催いたします。本年は、フォーラム開催に向けてアドバイザー(IDN会員)の有志が集まって「企画・運営グループ」を編成し「アドバイザーによるアドバイザーのためのフォーラム」を目指して準備を進めてまいりました。

当日は分科会形式により密度の高い討議を行なうために、事前にアンケートでアドバイザーのご意見を聴取しました。3つの分科会の座長は、当日の分科会がより実りの多い成果を得るために、アンケートの結果を分析しています。参加者の皆様が、アドバイザーとしての今後の方向性に示唆が得られればと期待します。

また、アドバイザー以外の方で出席ご希望の方もご参加ください。連絡をお待ちします。

アドバイザー以外の方の連絡先:ADF2004企画運営G

<adf2004@npo-idn.com

・テーマ:目指そう!いきいきアクティブライフ
     〜シニア情報生活アドバイザーの自立と連携をめざして〜
・開催日時
  フォーラム:2004年11月6日(土)9:30-16:00
  懇親会(参加自由):16:30-19:00
・開催場所
  品川人材開発センター第1・第2・第3会議室

    ( 住所:品川区東品川3−31−16 )

  

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1.ふれあい充電講演会

■第43回「国宝拝観と鎌倉アルプス散策」の案内
 円覚寺とご縁のある一宮勝氏の格別のお骨折りで、国宝仏舎利殿の特別拝観実現の運びとなりました。そして拝観後紅葉の鎌倉の尾根を歩こうという企画です。充実した一日をたかお会と共催でお贈りします。この機会を外さず奮って参加されますようご案内申し上げます。
 

当日の予定

・集合:11月17日9時30分 北鎌倉駅東口

・参詣:円覚寺:9時45分―11時

・移動:徒歩で建長寺へ 同寺境内を通って山道へ

・散策:半僧坊まで登り昼食、午後鎌倉アルプスを約2時間散策

・瑞泉寺参詣後鎌倉駅4時到着予定

 

・鎌倉駅前「和民」で懇親会 4時開始 

・5時頃解散 

                                          

・主催:ふれあい充電講演会 並びに たかお会

・会費:会員2500円、ビジター3000円 (特別拝観料及び2寺の入山料を含む)

・懇親会(随意参加) :至急下見をして決定 (@2000円を目安に)

・その他:鎌倉アルプス散策に参加される方は弁当を持参してください

    :散策に参加されない方は建長寺より自由行動とさせて頂きます。

          (同寺内参観、鶴岡八幡、小町通り散策などがお勧め)

        :雨天の場合は、別途お伝えします。

・申込みは 下記へ

   ふれあい充電講演会:金田(afu@k2.dion.ne.jp)  中川(mgt-naka@cilas.net)

   たかお会:東川(y-higasi@xa2.so-net.ne.jp)   国重(kunis@bc.mbn.or.jp)

 

定員はありません。〆切は11月10日とさせて頂きます


■第42回「坐禅体験の会」の報告

  昨今、とみに関心の高まっている坐禅について、ご縁をたどって岩佐師にお願いをしたところ、「これも仏縁です。大歓迎です」と快諾していただきました。達磨大師の面壁九年の故事から数えて千余年もの間続いてきた坐禅を、禅寺でわれら凡夫も実際に体験することが出来ました。

 

・講 師:臨済宗建長寺派金谷山満福寺住職 岩佐是正氏

・日 時:10月24日(日)10:30−14:00

・会 場:満福寺( 国分寺市戸倉4−34−3) 

当日の次第:

  (一) 講話「坐禅の作法」:岩佐師 

  (二) 読経「般若心経」 :参加者全員

  (三) 坐禅:全員

  (四) 昼食:精進料理で、師を囲んで懇親

 

ふれあい広場に坐禅体験の会に参加された3名の方の感想を掲載しています

・吉澤七重さん(賛助会員・アドバイザー第18期)

・細田利三郎さん(DAA会員)

福原民夫さん(千葉県八千代市在住)

                     

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2.シニア情報生活アドバイザー講座

■ 「シニア情報生活アドバイザー」養成講座とは
  この講座は、高齢期の生活に密着した、情報技術(パソコンやネットワーク)の楽しい活用方法を教えることが出来る人を養成する講座です。NPO(特定非営利活動法人)「自立化支援ネットワーク」(略称IDN)は、「ニューメディア開発協会」(経済産業省の外郭団体)が認定する「シニア情報生活アドバイザー講座」の養成講座実施団体に指定されています。

■ シニア情報生活アドバイザー養成講座第30期の案内
11月20日(土)より12月25日(土)にTEPIAで開催いたします
会場のTEPIAは地下鉄外苑前より徒歩4分と交通至便のところです
詳細はIDNのホームページをご覧ください。 
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3.学生,社会人の進路相談をいたします

  この欄に、いろいろな方に登場していただいて、厳しい体験をできるだけ本音で語って頂いていますが、今回から数回にわたって地方の金融機関で零細企業を長年見てこられた中本英雄さん(アドバイザー第28期生)に零細企業の(一人ビジネスを含め)強さと弱さなど、「経済的自立」をはかる上で、難しさやそれを克服するノーハウなどを、語っていただくようお願しました。お読みいただいた皆様の感想や質問などをどうぞご遠慮なく投稿して下さい。【奈良原眞吉】

 

■中本英雄さん(アドバイザー第28期生):草創と守成といずれが難き

 生業が盛業に到るには少なくとも正業の道を辿らねばならないことを書いてきましたが、果たして正業なるが故に盛業を保ちうるかと言うことになると、どっこいそうは問屋が卸さない、いささか事情は異なるようです。

 企業経営の難しさというものを創業期のそれと安定期に入った維持発展期とに比較されることがありますが、それには少し無理があるように思われます。

 双方の比較の時期にかかるタイムラグの開きの大きさ、期間の長さや環境の変化、さらに問題なのは比較の中味が全く違うわけですから、並列的に単純比較は出来ないでしょう。

 唐の太宗に倣って「草創と守成といずれが難き」と問われましても(貞観政要)、房玄齢と魏徴のように答えは真っ向から対立するのは当然です。

 

企業経営にしましても政治にしましても、1,400年前の専制君主の太宗の国の経営とでは、すべての点で相当に考え方の開きがあるのは否定できませんが、それはそれとして今まで書いてきました流れに沿ってこの章では盛業維持発展という範疇の「守成」について触れてみたいと思います。

 今朝の日経新聞に上場企業が3年で1割交代といった記事が出ておりました。どういうことかと申しますと、新規上場と上場廃止の企業数が拮抗し「新陳代謝」が活発になった結果だと報じておりました。その内容としては、企業再編による経営体質の強化のために、子会社化や合併あるいはM&A等の経営統合の進展が主な要因との事ですが、経営破綻企業があることも見逃せません。この調子でいきますと5年〜10年で3割〜5割はメンバーが一新されるものと予想されます。事実企業が30年間も命脈を保つことは至難の業という説もありますし、中小零細企業にいたっては開業から一年以内に消滅する数は半数を超えるともいわれます。勿論潰れるべくしてそのような道を辿る泡沫企業もありましょうが、環境の変化によって、心ならずも廃業を選択せざるをえないことになるケースもあります。

 

 一言で倒産とか、廃業、整理、吸収と言いましてもその原因を経営者の無能として一様に律することは出来ません。彼らの人格や、能力を超えた要素がそのような結果を招いたと言われることもあるにはありますが、かと言って経営者の責任に免罪符を無条件に与えることはできないでしょう。そこが企業経営の守成の難しさです。

 帝国データバンクによると、2003年の全国の企業倒産の数は15,800件との事です。倒産の原因を列挙すれば枚挙に遑がないでしょうが、その90%は代表者の舵取りの誤りと言って過言ではないでしょう。近年公的支援制度(融資、補助金、助成金、投資)が充実していますがこれも経営者の堕落につながるケースになっていると思われてなりません。何故ならこのような制度を提供する公の側にも、利用する企業サイドにも安易さが多く見られます。まして現経営陣温存のままで再生の段階に到っての支援制度依存は、単に倒産の先送りにしかならず、救済や再生に繋がるのはまれのようです。

 

 盛業を維持するには経営者にとって、常に過酷な試練が容赦なく襲ってきます。それに堪え、凌ぐには自分に備わった運(いつも俺はツイているという信念)・鈍(少々の事なら平気でやり過ごす厚顔さと図太さ)・根(絶対に引き下がらない、逃げないしぶとさ)を駆使する能力の有無に尽きると思います。私はいつもこの能力を「経営センス」と称しておりますが、さらに言えばこのセンスは「機を見るに敏、金の使い方のうまさと計算高さ、人心を読む深さと掴みのタイミング、不利となったときの変わり身の早さ、全てを引っ被り部下の所為にしない度量」と「恥をわきまえる倫理観」を指します。この要素を持ち合わせていなかったり(持ち方の濃淡はありますが)、年を取って枯渇しますと人材は付いてきませんし、守成は覚束ないので経営者を出来るだけ早く辞めた方がよいと思います。ただ不幸なことに、大方の経営者はこの経営センスを備えていると誤解(経営に重要な判断力の欠如)している向きが多く困ります。誰でも経営者と呼ばれる人にはなれますが、経営センスを持ち合わせている人は、神から選ばれきわめて限られた人しかなれないことを知るべきです。このセンスの大切さを知って、磨きをかけるのに研鑽を重ねる人を除いては。

 

 もう一度「貞観政要」に戻りますと、創業があって守成があり、攻めがあって、守りがあるわけですが、経営においては攻めと守りは別々のものではなく、両々相俟ってといいましょうか、守成といっても成長路線進行、業容拡大のために市場開発と言う攻めがなければなりません。ただ創業といえる期間はその勢いで走ることが出来た3年間が精々でその辺りから創業は過去のことになります。それから先は「(天子=経営者の)身、理(おさ)まりて国乱るる(=倒産)を聞かず」に意を砕いて正業を心がけるべきです。

 

 企業も人間と同じように生き物ですから元気なときもありますし、病気にもなります。健康管理を怠れば死に到るガンが待ち構えているのと同様、経営に一瞬たりとも手抜きや油断があれば必ず経営不振に陥るという意識のもとに常時緊張感を以って経営に当たらねばなりません。経営の達人が何代にもわたって企業生き残りのために組織の細胞を活性化させることに不断の努力を重ね、変容を繰り返し100年企業となっていますが、これとてこの先10年存続の保証はありません。不老不死の人間が居ないように、盛業が続かないという企業の天命も知っておく必要があります。(続く)

 

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4.下関支部レポート
 

■中原郁生遺稿「平家物語探訪」第10話 「名馬いけずきの伝承」

  「巻第九」の章に、有名な「生(いけ)ずきの沙汰」と「宇治川の先陣」の物語がある。宇治川は京都防衛の要衝なので、たびたび合戦が行われた。

   「平家物語」の宇治川の戦は1184年(元暦1)厳寒正月20日、木曽義仲と源義経との合戦である。義経の指揮する家来のなかで、梶原景季と佐々木高綱が名馬「する墨」と「いけずき」をあやつり先陣争いをした。戦前には小学校の教科書にも登場した名場面である。結局、決死の覚悟で挑んだ佐々木高綱が勝つ。彼は敗れたときには切腹するつもりだった。「いけずき」は頼朝から賜った名馬だった。「いけずき」は黒栗毛で肥えた逞しい馬だったが、気性が烈しくほかの馬や人にも噛みつくほどだった。ちなみに、両名馬「する墨」と「いけずき」の産地はいまだに諸説乱れ、判明しない。ところで、我田引水のようだが、この名馬「いけずき」の産地説に下関の山陰側の海岸・吉母(よしも)地方と北九州戸畑区牧山説がある。

 

  戸畑説は、現在の牧山公園一帯が昔牧場だったといわれる程度で詳細は不明。また博多湾に浮かぶ能古島説もあり、この名馬が玄界灘周辺の産とする説は根強い。吉母地方説には、多少の歴史的根拠がある。牛馬などを放し飼いする所を昔から「牧」といい、大化改新以前の文献記録もある。注目されるのは、改新後870年と879年に長門・豊前両国産の馬の管外移出を禁じた通達が出され、さらに905年の延喜式に宇養馬牧(うかいのうままき・国指定馬の放牧場)と角島牛牧(つのしまうしまき)の設置された記録がある。宇養馬牧は現在の長門市深川真木、油谷町、豊浦郡宇賀が想定され、角島牛牧はいうまでもなく豊北町の角島で現在も海浜の緑草地で牛が放牧されている。しかもこの地域には「牛」にちなんだ地名が点在している。すなわち、角島(牛の角)、特牛(こっとい・力の強い牡牛)、肥中(ひじゅう・昔は肥牛)、小串(昔は子牛)などである。
(写真は角島大橋)

 

 時代は定かではないが、この吉母地方に母馬を慕って島から島へ泳ぎ渡る子馬のいななきをモチーフにした悲哀の伝説が語り伝えられきた。母馬恋しさに、こだまとは気づかず、牧場と島を往復するうちに逞しい若駒に成長したというのである。この馬が、いろいろな経緯の後、源頼朝の手に入り、さらに家来の佐々木高綱に与えられたのだ。もっとも頼朝の名馬いけずきは、黒栗毛と書かれているので、吉母のひばり毛の名馬とはつじつまが合わない。しかし、この伝説のひばり毛名馬といけずきの結びつきはおもしろい。仮にいけずきであったとすると、宇治川の急流なんて平気で泳ぎ渡ったであろうと思われ、海と川との水の接点を考えると、その着想が非常に面白く見事だと言いたいのである。

【リライト:武部忠夫さん/写真:青木紀雄さん】


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5.楽しく ITライフ 
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6.IT・PCの勉強会
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7.IDN会員募集のご案内

■IDNの生立ちと近況  (その4)事務所について 

 事務所は会員の溜まり場であり、情報の受発信基地、活動の拠点です。

「ネットを使えば、事務所はなくても何とかやっていける」という意見と、「顔を見て議論しないとまとまるものもまとまらない」という両論がありました。

  当初は打ち合せる自前の場所がありませんので、有志によるミーティングは「会議室」という喫茶店で行いました。ゆったりしたソファーに座って1杯1000円のコーヒーで何時間でも粘れるので便利でした。しかし月に何度も打ち合わせを重ねるうちに、毎回1000円が決して馬鹿にならない金額であることに気がつきました。10人近くで会合すれば一度に1万円を支払うことになります。月に5回会議をすれば、一人の負担は5千円です。

事務所が欲しいと切実に願うようになりました。

 

  知人にお願いしたり、物件を紹介してもらったり、淡路町、須田町、岩本町、新宿辺りの不動産屋を尋ね現物を見て歩いたり、長いファックスで沢山の物件を紹介してくれる不動産屋がいたり、駅からの距離や、広さと家賃、夜間・休日の使用条件、礼金敷金の金額など検討しました。敷金は普通で10ヶ月、家賃10万円以下の物件は交通便利な駅周辺にはありませんでした。家賃は毎月決まってお金が出ていきます。資金力に乏しいIDNにとって、固定費の支出が最大の負担でした。

 

  そんな苦労に明け暮れている時、事務所の引越しをしたばかりの友人の1人が彼の使った不動産屋からいい物件を見つけ、紹介してくれました。当時流行りの「インキュベーターオフィス」(事業を立ち上げる際に事務所で困っている起業家を対象に狭いが廉価で便利なオフィス)で、家賃は共役費込みで42000円。

  事務室にISDNが設置され、狭い応接スペース、10人程度の会議室、コピ−機(以上共用)が使用可能です。いい買い物は早くと、翌日裏銀座の不動産屋を朝早く訪ねましたが、銀座の不動産屋は日曜休日でした!また翌日出直し現地を案内してもらって契約に至りました。それが現在の四谷事務所です。(設立登記は豊島区目白で会員の自宅をお借りしています)

 

  現住所の四谷は交通の便がよく首都東京の中心、駅から5分のところです。

季節は4月、空は青く桜は満開で、早速引っ越し祝いとお披露目を会議室一杯にして行いました。あれから4年が経ちます。

  先日秋葉原でアドバイザー養成講座が開催された折り、不動産屋に立ち寄って付近の物件を見てまわりましたが、新築3階で5、6人の養成講座ができるスペースで家賃7万円敷金3ヶ月、がありました。しかし、四谷という町から離れ、家賃の上昇を考えると、現在はまだ引越しできる状態ではないのが現状です。【奈良原眞吉記】  


■ IDN会員募集中
NPO(特定非営利活動法人)自立化(相互)支援ネットワークでは、正会員と賛助会員を募集しています。
*会員の方々には、会員の活動状況や情報を掲載した機関誌を、年4回発行し配布いたします。
*会員の方々には、各プログラムの割引が適用されます。
*入会金及び年会費については「入会を考えている方に」を参考にして下さい。
*詳しいことをお知りになりたい方は、eメールで、事務局までお問い合わせください。


■入会を考えている方に(再掲)
  会員になるには,自分の意思(Will)がなんといっても大切です。少なくとも何のために入会しようとしているのか,目的を決めて入るのが賢明です。

  入会の手続きとしては,入会申込書と,入会金の支払いが必要になります。会員には,正会員(主体的に活動を行う会員で,総会の議決権を有する会員)と賛助会員(団体の主旨に賛同し,直接、間接時間の許す範囲内で活動する会員)の二つのタイプがあります。どちらの会員になるかは,やはり自分の意思で決めて下さい。

会費には入会金と年会費とがあります。
入会金は正会員が1万円,賛助会員が千円です。
年会費の方は,正会員が年間一口1万円,賛助会員が一口千円です。
年会費を何口にするかも,ご自身の意思で決定して下さい。

 賛助会員の年会費の口数を決めるに当たっては,以下を御参考にお考えになって下さい。
いまの法律では,一人3千円以上の会費を支払った賛助会員の会費の合計が,その団体の年間経費の25%を越えていれば,その団体(NPO)は、一般の多くの市民に支持されている優良な団体として税務署が認め,その団体に対し一般の人が寄付したお金は、税金を払ったと同じように認められ,納税時に配慮されるという点です。(ちなみに一人3千円未満はその計算の対象にならないということです)

 メール送信先:<
mailto:idn@npo-idn.com>
 ホームページ:
http://www.npo-idn.com/


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8.連載:井出 昭一さん 『柳緑花紅』

「柳緑花紅」を書き終えて

執筆の契機

 今年の4月上旬、編集を担当されている生部さんからメールをいただき、「メルマガIDN」へ連載執筆の依頼がありました。テーマは自由で、字数制限はないとのことでしたから、なんとかなるだろうと思って気楽に引き受けることにしました。これから1年かけて、陶芸、絵画(日本画・洋画)、茶道、建築、音楽、和歌、美術館等を順次とりあげてゆこうと考えていたたからです。

ここで私は重大な思い違いをしていました。月1回の発行と思い込んでいたのです。ところが、「メルマガIDN」は、毎月1日と15日と2回発行ということが判りましたが後の祭で、この半年は、月2回の原稿締め切りに追われることになった次第です。

私にとって、毎月2回異なる分野について書くというのは、その準備が重荷です。そこで、テーマも一転させて、現在ボランティア活動をしている“東博”(東京国立博物館)に関係した事項に絞ることにしました。字数は、A4版2〜3枚程度を目安とし、関連した写真を必ず数枚挿入することで、5月1日付の第50号から「柳緑花紅」の“東博シリーズ”がよちよちスタートを切ったわけです。
                                   

柳緑花紅」とは?

連載に際し、朝日新聞のコラム「天声人語」のような洒落た題名がないものかと考えているうちに、ふと思い付いたのがこの「柳緑花紅」です。

これを、なんと読んだらよいのかと尋ねられますが、「りゅうりょく・かこう」とも「柳は緑、花は紅」とも読みます。『広辞苑』(新村出編、 岩波書店)では、春の美しい景色を形容する言葉であると同時に、物が自然のままで少しも人工が加えられていないことの例えとして、禅宗で悟りの心境を言い表す句でもあるとされています。

 大学に入学した昭和35年、最初の夏休みに、私は郷里の信州佐久にある曹洞宗の古刹・洞源山貞祥寺で参禅をしました。その際、沢木興道禅師から「柳盤み土梨、花は倶連奈井、妄想する古と奈か連」(柳は緑、花は紅、妄想すること莫れ)の書をいただきました。禅宗の高僧の書で、しかも深い意味を秘めた言葉ですから、表装して大切に持っていますが、じつは、その冒頭の部分を引用させていただいたわけです。

この言葉の源は、11世紀の中国宋代の文人・蘇軾(蘇東坡)の詠じた詩「柳は緑、花は紅、真面目」に由来するようです。物事が自然のままに、人の手を加えられていないことの例えで、柳は緑色をなすように、花は紅色に咲くように、この世のものは種々様々に異なっており、それぞれに自然の理が備わっている。とても哲学的で、四文字のなかに含蓄があり、心に深く感じる言葉でもあります。
 板画家の棟方志功もこの言葉を大変好まれ「
柳緑花紅頌」という名作を残しています

 ちなみに「妄想すること莫れ」とは「莫妄想(まくもうそう)」、中国唐代の禅僧・無業禅師(760〜821)のことばで、それは「去のことは、気にせず、忘れること。そして未来のことは、なるようにしかならない。余計なことを考えず、現在なすべきことをしっかりとすること」という意味で、これも私の好きな禅語でもあります。

 

執筆は自分の勉強

 取り上げたテーマは、東博に関するものでしたが、唯一、8月1日付第56号「夏日休話 2題」のみが例外でした。今年の夏は猛暑だったので、ただ単に涼しい話題に替えてみようと脱線したわけです。

東博の名品については、分野ごとの専門家による多数の書物・論文があります。したがって、収蔵品に関する解説には触れないようにして、ボランティア活動を通じて知り得た東博の魅力をいくつか取り上げたつもりです。

専門的な言葉は避けて、平易で判り易い表現にしようとしましたが、どうしても使わなければならない難解・難読の作品名を表記するのには、パソコンと苦戦しなければなりませんでした。

講演とは異なり、文字で表現するとなると曖昧なことは許されませんので、不明な点は文献資料で調べたり、東博の関係者、ボランティア仲間で詳しい人に確認したこともしばしばでした。その結果、私自身の勉強になったことは事実です。

9月15日付の第60号の「四季を通じて楽しめる“東博”の草木(2)」の時には、原稿を送ってから、そのコピーを手に東博に行きました。電車の中で読み返してみると自分ながら不適切で気になる表現が何ヶ所も出てきました。さらに記憶が曖昧だったため、ぼかした表現で逃げていた部分を、東博でその道に詳しい方に偶然出会い事実を正確に確認することができました。そうなると文章を修正したいという気持ちが込み上げてきて、編集の生部さんに無理をお願いして、一旦提出した原稿を大幅に修正したものと差し替えていただいた次第です。

 

読者からの反響

 最初の原稿「ボランティアによる応挙館での茶会」を提出し、ホットすると同時に、果たして読んでいただけるだろうかと不安を感じていました。「メルマガIDN」が発行されて間もない5月4日、“読者”からの最初の反響がありました。なんと、それは奈良原理事長からのメールでした。

奈良原理事長は、謡曲の会で所沢の柳瀬荘(注)に年に数回訪れていたとのことで、そこにあった「春草廬」が現在東博の庭園に移築されていることが判って驚かれたようでした。さらに奈良原理事長の上司が松永耳庵のご子息であったとのことで、機会をみて耳庵に関するエピソードを伺いたいと思っているところです。

 回を重ねるうちに、口コミで読者が増えて「毎号楽しみにしている。次は何が出てくるか楽しみだ」「東京国立博物館が身近になった」「作品以外の東博のすばらしさが判った」「これまで何回行っても気がつかないことを教えられた」「東博は奥深い。東博の良さを再認識した」などの感想が寄せられるようになりました。

 写真は、私がデジカメで撮ったもので、もっと多く入れてほしいとの要望もありましたが、編集の都合のより毎回数枚を挿入していただきました。

この連載エッセイ「柳緑花紅」と平行して、私がボランティア活動を始めてから東博で撮り続けてきたデジカメの写真を基にして、 “My Museum 東京国立博物館”として『東博の四季…その美しい建物と樹木…』というCD写真集を作ってみました。まだ試作の段階ですが、さらに拡充するつもりです。

 

皆さんに感謝・感謝・感謝

 当初の予定通り、東博シリーズとしての「柳緑花紅」を書き終えることになりましたが、思いがけずこうした機会を与えていただきましたIDNの奈良原理事長と編集担当の生部さんに感謝申しあげます。生部さんには、毎回、文章と写真との調整をしていただいたばかりか、バックナンバーの掲載等についてまで細かいご配慮いただき本当に頭の下がる思いです。

また、東博の関係者で「生き字引」「樹木の達人」といわれる方々から、教えていただいたこととも数多く、また東博のボランティアの“専門家”の皆さんからも、参考になる資料を見せていただいたり、有益なヒントも提供いただきました。とくに自主企画グループでの勉強会の資料は大変役立ちました。ボランティアの皆様にも感謝、感謝の気持です。

さらに、“熱心な読者”からの感想とか、折に触れて寄せられたひとことが、執筆継続の励みにもなり、責任の重大さを感じるところとなりました。

半年にわたりご愛読いただきました皆様に改めて感謝申しあげます。

 

(注)柳瀬荘と春草廬

「柳瀬荘」は埼玉県所沢市にある松永安左エ門(耳庵・1875〜1971)の旧別荘で、当時は数奇屋・長屋門・土蔵・観音堂も配置されていました。

敷地面積は17,235平方メートルで、昭和23年(1948)3月、東博に寄贈されました。柳窪(現在の東京都東久留米市)の農家を買い取り、現在地に移築したものが「黄林閣」で、江戸時代・天保期の民家の特色をよく示すものとして重要文化財に指定されています。書院造りの「斜月亭」(近衛文麿公の命名)と茶室の「久木庵」などが残されています。東博庭園にある茶室「春草廬」は、もとはこの柳瀬山荘にあったものです。

「春草廬」は江戸時代、河村瑞賢(1618〜1699)が摂津淀川改修工事の際に建てた休憩所で、その後大阪へ、さらに原三渓(1863〜1939)によって横浜の三渓園に移され、昭和12年(1937)松永耳庵の柳瀬荘内に移築されました。昭和23年に柳瀬荘が東博に寄贈され、昭和34年には春草廬が現在の位置に移築さました。入母屋の妻に掲げられている「春草廬」の扁額は、能書家として知られる曼殊院良尚法親王(1622〜1693)の筆で、三渓が耳庵に贈ったものといわれています。

 

初回からの『柳緑花紅』はIDNのホームページでご覧いただけます。
メルマガに掲載しなかった写真もあります。TOPページのメニューからご覧ください。
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 9.ふれあい広場

 

■『坐禅体験の会』に参加して

 

吉澤七重さん(賛助会員・アドバイザー第18期)

  前日の新潟県中越地震。私はこんな事をしていて良いのだろうかと小千谷市の安否情報に怯えながら武蔵野線で西国分寺〜乗換ミス。国立から国分寺駅へ。西武国分寺駅乗車の白い杖の紳士が同じ恋ヶ窪で下車。出口改札までお手伝いが出来嬉しくなった。

  満福寺入口にホッとする柔らかなタッチの墨絵。海老蔵似の岩佐是正ご住職さま。『半分折りの座布団にお尻すこしのせ太ももの上に素足をのせる。指を揃え左手を右手の上にのせ左右親指をつける。背筋を伸ばし顎をひき顔は水平に視線だけを1m位の所に近づけ見つめる。』

  息をふぅ〜っと…。ひぃとぉぉ〜つぅぅ…(息がもたず止めて待ってもそれ以上長かった)体験『坐禅』を叶えられる第2日曜朝6時〜自分は初めの煌きでなく滅びるまで全うできるのかどうかを考えていた。大好きな森の木になれるならと思いながら…。心身がぽかぽかと暖まる坐禅体験が叶えられたのは金田様中川様のご尽力のおかげです。心から感謝をいたします。ほんとうにありがとうございました。

 

細田利三郎さん(DAA会員) 

  この度、ふれあい充電講演会が企画した座禅体験の会に初参加させていただきました。講師の満福寺住職、岩佐是政先生のご指導を受け、座禅の作法から座禅そのものを経験し、今まで簡単に考えていた座禅というものに対し、誠に格式が高く、奥行きも深いものと感心・感激いたしました。

  座禅会場は満福寺本堂で、祭壇が飾られたそこに入るに際しては、住職から幾つかの注意を受けました。即ち、靴下は脱ぐ、本堂は鍛錬の場、私語はNO、厳粛な面もちで座ることなどです。窓側に一列に並べられた座布団に座り、最初に参加者全員で「般若心経」を斉唱しました。次いで、住職から座禅の作法についての講義があり、その後実習を致しました。

 

  作法では、座るのも俗に言うあぐらをかけばいいというのとは大間違いで、両手の位置決めに始まり、両足のつま先は反対側の足の腿に乗るように、ぱっちりと目を開け、目線は床上1メートルを凝視する、息継ぎはひとおつ、ふたあつと数えるようにゆっくり吐く、臍下三寸に力を入れる、あごを引いて背筋を延ばす、余計な力は入れないなど、誠に細かいご指導で、模範の形を住職先生と研修中のお二方が見せてくれました。座禅を始めてからの途中、警策(4尺余の扁平な長方形の板 惰気、睡気を覚まさせるための鞭 冬は樫の板・夏は檜板)をお願いした人に対して、住職が鞭を与えました。私も打って貰おうと考えましたが、男性と女性ではびしばしという警策の音が異なるように聞こえましたので遠慮いたしました。

 

  30分ほどの座禅体験を終えた後、私は次のような感想を持ちました。最初はなかなか無念無想とはいかなかった、しばらく無心になって座禅を組んでいると、雑念は追い払われる、心が洗われる思いがする、これが座禅の極致なのか、などのプラス面です。反対に、終盤に身体がぐらつき正常な形を維持することが辛かったこと、腰が痛くなり早く終わってくれの思いがあったこと、などの気分も交錯いたしました。

 

  初体験で得たことは、無念無想の精神で座禅を組むと、ストレス解消ひいては健康維持に大変役立つ、ということです。今まで、雑念を払うためには、何も考えないで庭の草むしりをすることが一番だと考えて、そのように実践して参りましたが、座禅は草むしりに通じるものがある、と感じました。聖路加の日野原先生は、健康維持のための息継ぎの仕方を語っておられますが、座禅のそれと似かよっている、との思いもありました。

  昨今、とみに関心の高まっている座禅について、この体験をさせていただいた発案者の金田さん・中川さんに感謝を申し上げ、機会があれば再度の鍛錬をしたいと念願いたしております。

 

福原民夫さん(千葉県八千代市在住)

このたび、満福寺の座禅会に参加し、有意義な体験をさせていただきました。私は、今年の5月に鎌倉の「某寺」の座禅会に約20名のグループの一員として参加しましたが、そのときの修行僧の座禅に関する指導方法と対応に疑問を感じ、座禅に対する興味を失っておりました。

  「某寺」の座禅会終了後、グループの幹事が僧侶に食事をしながらの懇談をお願いしたところ、お坊さんは「私の指導を聞かない不真面目な人が居ました。非常に不愉快なので退席します」と言って直ちに引き上げてしまいました。参加者はわけが分からず、唖然とする状況でした。

 

幹事が僧を追いかけ、理由を聞きましたところ、足を組まずに片足を前に投げ出している人が居たというのです。あとで分かったのですが、この方は70代の男性で、正座も、胡坐も出来ない人でした。ところが、この僧は真面目に座禅を行っていないと受け取り立腹したことが分かりました。私が疑問に思ったのは、この僧が、足が不自由で足を組めない人も参加していることを理解していないこと。さらに、足を投げ出している人にその理由を聞かないで不真面目だと決め付けたことです。

「某寺」では、足を組めない人のための「椅子」を用意しておりませんでした。これに対して、「満福寺」の岩佐御住職は、椅子を準備して下さり、座禅会の開始前に椅子使用の希望を聞いてくれました。足を組めない人を排除せず、希望者なら誰でも座禅会に参加してもらうという、形式にとらわれない「満福寺」御住職の姿勢に敬服いたしました。

 

  今回、座禅の組み方の指導を受け、背筋を伸ばし、あごを引いて、眼を下方に向け半眼となる姿勢をとりましたが、半眼となると直に眠くなり、睡魔との闘いに大苦戦しました。この時に、「きょうさく」という棒で肩を叩いてもらい目が覚めました。この棒の効果は絶大でした。今日の座禅会で学んだ呼吸法を日常実行し、心の変化を感じてみたいと思います。

 

最後に個人的な要望です。座禅の前に「般若心経」の読経を行いましたが、「般若心経」について、簡単な解説をお聞きしたいと思いました。修行をされている立場から、「般若心経」についてお話をしていただき、第二部として「般若湯」で懇親会が出来ればと思います。 

■IDNアウトドアクラブ「たかお会」/メーリングリストへのお誘い(再掲)
  IDNアウトドアクラブは自然に親しむことを通じて会員の健康維持や相互の親睦をはかることを目的として発足しIDN-ADF2003で産声をあげたばかりです。活動内容はみなさまのご意見をもとに広げていく計画です。連絡や情報交換のためにメーリングリストを開設しましたのでアウトドアに関心のある方、お気軽にご連絡ください。「お名前」、「メールアドレス」をお知らせください。メーリングリストに登録します。
連絡先:<mailto:idn-outdoor-owner@yahoogroups.jp>

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■「ふれあい広場」について
皆様の近況・IDNに対する意見・催しもの案内・等など内容に制約はありません。
思わぬ出会いがあるかもしれません。
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10.編集後記

 

■ピレネー、花とロマネスク教会(その9) 舞台は高地の花からロマネスク教会へ

 ピレネーの7日目の朝9時半前に、アイグエス・トルテス国立公園の東の入り口のエスポットのホテルをバスで出発。管理事務所の前にいたジェラール・ヒメネス氏と初日に公園に一緒に行った女性たちの見送りをうける。C13号線に出て北上し、C28を西へ曲がり、カタローニャの北西、国境に近いビエヤへ向う。

 

 アネウの谷を経由して10時過ぎに、標高2072Mのボナグイア峠のスキー場のリフトの下に到着。天気は快晴でピレネーの山並みを遠くまで見渡すことができた。ボナグイアは良水(清水)の意味で、峠は大西洋と地中海の分水嶺になっている。アラン側はガロンヌ川となって大西洋に注ぐ途上でボルドーワインを生育する水となる。ノゲーラの流れとなって地中海に注ぐ水は、河口付近でバレンシア米を生育する。

 

 ボナグイア峠を少し下って、11時過ぎから2時間ほどベレットスキー場で散策した。べレットスキー場はバッケイラ、ボナグイアスキー場とつながっており、スペインでも有数のスキー場で、国王一族や首相の家族もみえるらしい。この地点の水は地中海に注いでいる。北方に2800M級の山がありその先が仏領。広い草原では牛の放牧が行われている。すぐそばの小山の斜面にはエニシダが群生しており、山腹のエニシダの中に入ってみると一面黄色い花で覆われ、強烈な香りにむせかえった。

 1時15分にベレットスキー場を出発。2時前にエスクナウのレストランに到着し昼食。このレストランは、家畜小屋をリフォームしたもので、かつては1階で家畜を飼い、地下室に人が居住していたという。ほの暗いレストランで、いつものようにワインを飲み、メインにアヒルの煮込みを食べた。

 

 昼食を終えてレストランの横の坂道を登っていったら、いきなり古い教会が目に飛び込んできた。「花を見るのを終わり、これからはロマネスク教会に変わります」と虔之介さんが言った。その手始めがエスクナウの「サン ペール教会」。この教会は12世紀に作られたロマネスク教会で、教会の東側は14世紀にゴシック様式で増築されている。案内をお願いしてくれていたローザさんを待つ間に、虔之介さんが教会の見かたについて説明してくれた。北面にある入り口の形状、柱(カラム)、柱頭、アーチ、文様、たくさんのレリーフ、書かれている文字、十字架の形状、使われている石材、などなど。ローザさんが約束の時間より遅れて到着し、内部を案内してくれた。中に入ってみると、前方の祭壇のところがゴシック様式になっているのが分かる。ロマネスクの小規模の教会は外壁が石積みで作られ、木製の小屋組みの上に屋根が葺かれている。12世紀に作られた洗礼盤は花崗岩で作られており、彫刻が施されている。8月に出版された芸術新潮では、「スペインの歓び」を特集しているが、この教会の扉口上部の半円壁(タンパン)に刻まれたキリスト像の写真を1ページの大きさで掲載している。

 

 次にローザさんが案内してくれたのは、アルティス村の「サンタ マリア教会」。ポーチのアーチが6層になっており奥行きがあるのが特徴である。ここではタンパンや柱頭は見られない。この教会は中心に信者の座る席「身廊」があり、両側に柱があり、その外側に「側廊」のあるの3身廊形式の平面型で、単身廊形式のものより規模が大きい。内部には9世紀から10世紀に作られたプレロマネスクの洗礼盤があり、これにはレリーフが施されていないシンプルなもの。祭壇の周りには15世紀になってから描かれた、聖母マリアの誕生や死などの物語が書かれている絵があった。教会を後にしたとき、後方から5時の鐘の音が聞こえた。

 

 3番目にローザさんが案内してくれたのは、サラルドウ村のロマネスク教会。入り口のポーチはなく、半円のアーチは4層になっている。教会の外部を一周してみる。軒下に彫刻がたくさん取り付けられており、それぞれが意味を持っているそうである。時間がなくそのすべてを写真に収めることは出来なかった。6時の鐘の音とともに教会を後にした。

 

 6時半過ぎに、カタローニャの北西部で国境に接しているビエヤに到着。ビエヤはアランの谷と呼ばれるところで標高は970M。スペイン側が分水嶺を越えてフランス側に入り込んでいる地域で、渓流の流れはすべてガロンヌ川に入りフランスへ抜けてビスアヤ湾に注ぐ。アランの谷の南には3000M級の山があり、かつては陸の孤島だった。1948年に南に抜ける5KMのトンネルが開通したことで、アランの谷は保養地として発展した。人口3100人、夏季と冬季には2倍から3倍にもなるという。

ビエヤの街を抜けて小高い丘の上にあるホテルに到着。最初の夜に、お城をホテルに改装したパラドールに宿泊したが、その夜のホテルもパラドール。このパラドールは、お城でもリゾートでもなく、ごく普通の上等のホテルだった。【生部】


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